[2]ハリネズミと人間
■ 飼育の伝統 ■
ちょうど、ネズミの害に悩まされた世界各地の人たちがネコを飼っていたように、ヨーロッパでは、害虫駆除のためにハリネズミが飼われることがあったらしい。
これについては、アリストテレースの『動物誌』(岩波文庫,R2_D2さんの "Hedgehogs" に本文の引用あり)〈古代ギリシア〉、ロルフ・ハリス他『動物ウソ? ホントの話』(新潮文庫,1999.)〈100年前までの英国の家庭でのこととして〉、そしてシートン『動物誌』(紀伊國屋書店)の「アルマジロ」の章〈ヨーロッパでのこととして〉で、それぞれ言及されている。
ただし、アリストテレースは、ハリネズミが「家の中に飼われている」理由についてはふれていない。
一方、東洋では、「本草綱目」に引かれた文の中に、皮とハリを刷毛の材料とすると記した後、「世間には飼養する者があって、放ち去っても復た来るものだ。」としているものがある。(2000.01.04. 最終推敲:2000.05.31.)
■ 「イヒ」の効用 ■
ハリネズミは元もと,日本には棲息しない。生きたハリネズミの舶載の記録を得るには,実に享保元年(1716)まで時代を下らねばならない。では,日本人がいかなる形でもこの動物の存在を知らされていなかったかといえば,決してそんなことはないのだ。
ハリネズミの皮は古来から我が国に輸入され,「[才胃]皮(いひ)」の名で知られていた。梶島孝雄『資料 日本動物史』(八坂書房,1997.02.)によれば,古いところでは正倉院薬物の中にも[才胃]皮があったという(種々薬帳)。
★ Too Trivial! ★蝟皮が輸入されたのは,薬種としてである。
つまり,『竹取物語』成立のころ(平安初期)には,この正体不明の小動物の皮が,少なくとも一部の殿上人の知るところとなってはいたわけである。アスベスト=石綿=火浣布のことを「火鼠の裘(かわごろも)」と称したわけだが,炎の中に常住するネズミなどという東夷の国に似合わぬファンタスティックな存在が思い描かれたのは,このような,毛皮のみが舶来して実態の知れない動物の存在も与ってのことではなかっただろうか。
『本草綱目』「[才胃]」の項目では,まず「釈名(名前の解釈)」の項で,「宗〓(せき)曰く」として,「[才胃]皮は、胃逆を治し、胃氣を開くに有功だ。その文字を虫に從ひ胃に從つて書くは深い道理がある」とし,その名を薬効に由来するものとする(和訳は鈴木真海『國譯本草綱目』による。以下同様)。
★ Too Trivial! ★さて,『本草綱目』「[才胃]」の部位別利用法の記述に目を移せば,「皮」の項では,細かく刻んで黒焼きにしたものを諸薬に入れる,とする。味は「苦し,平にして毒なし」ということだが,すぐ後で「〓權曰く」として,「甘し,小毒あり。酒を配合するが良し」と言を180度翻してしまうところは,節操がなくてなかなかよい。
他項でもふれたが,荒俣宏氏が,『世界大博物図鑑 第5巻[哺乳類]』(平凡社,1988.04.)中で,「中国名の[才胃] イ は,古来ハリネズミの皮が胃の病気に効くとされたことによる」とするのは,おそらく『本草綱目』のこの記述を鵜呑みにしたものと思われる。
しかし,これこそは典型的な民間語源説というものであって(「[才胃]」の名については他項参照),実際には逆に,「胃」と同音の「[才胃]」の名があるところから,いかにも胃に効きそうだと短絡的に解釈して用いられるようになったものに違いない。
「皮」部の薬効としては,まず「五痔、陰触で、赤、白、五色の血を下して血汁の止まぬもの、陰腫痛が腰背に引くもの」を治す,(この薬とするためには)「酒で煮て殺す」という古籍の記述が引かれる(未見だが,この下りは『甲子夜話 続編』三五−四にも引用されているはずだ)。
続いて,「腹痛、疝積(せんしゃく)を療ず。灰に焼いて酒で服す」「腸風瀉血、痔痛の頭があつて多年〓(い)えぬものを治する」云々とあるが,要するに,他の薬種と調合して,腹痛等のほか,もっぱら痔疾の類の治療に使われたものと見てよい。現に,小野蘭山『本草綱目啓蒙』では,蝟皮の用法について,簡潔に「刺を連ね皮を用て痔を治するの薬とす」とのみ記している。
「皮」の「附方」の項には,症状ごとの詳しい処方が羅列してあって,たとえば「大腸脱肛」なら「[才胃]皮一斤を焼き、磁石を焼いて五錢、桂心五錢を末にし、二錢づつを米飲で服す。」という具合。ちなみに「錢」はここでは薬種のめかたの単位で,3.75グラムほどに相当する。
この例のように,蝟皮には焼いた灰,または黒焼きの粉末を酒で飲み下すという処方が多いのだが,その中で以下に引くものはなかなか手がこんでいる。
「【五痔下血】(中略)外臺では、[才胃]皮を三皮ほど、薫黄を棗(なつめ)の大いさ(ママ)ほど、熟艾(じゅくがい)一錢を用ゐ、地に坑(あな)を掘つてその中で調和し、取つて痔を薫ずる。口中に烟氣があるまでするが佳し。火氣がやや盡きたとき停め、三日間様子を見て更に薫ずる。三回にして長く〓(い)える。」
つまり,たて穴の中に入って蝟皮をもぐさや香り草と調合し,そのまま火を点じて患部をいぶすわけだ。口の中に煙を感じるまで,というのだが,これが,臀部をいぶした煙が腹の中を巡り昇ってやがて口腔に達するということだとしたら,実に気の長い話だ。一度に蝟皮を3枚ほどずつ,3日ごとに3回繰り返すというから,実に9枚の蝟皮を要する計算となる。
痔疾のほかでは,変わったところで,「眼睫の倒刺(さかまつげ)」や「小児の驚啼(物で刺されたやうなる状態)」といったものへの処方もある。トゲつながり,ということなのだろうが……痔疾や腹痛への処方にしても,つまるところ「痛みの元=トゲ」を焼いて飲み下すということだから,マジナイめいた匂いは否めない。
ちなみに,現在の中国では,ハリネズミを「刺蝟」と呼ぶことから,蝟皮のことも「刺蝟皮」(刺[才胃]皮)と称するようになっているようだ(『國譯本草綱目』註による)。
『本草綱目』「[才胃]」の項には,ほかに「肉」「脂」「脳」「心肝」「胆」の項がある。「皮」に比べれば記述が少ないが,解釈は手に余るのでいちいち挙げない。
★ Too Trivial! ★「脂」については,「虎爪で傷められたとき」の処方があり,また「溶かして耳中に滴せば聾を治す」とする。これらはハリネズミがトラの耳に飛び込んで倒すという伝承を想起させて興味深い。この「ガマの油」ならぬ「ハリネズミの脂」の別名を,『本草和名』では「猫虎脂」,『本草綱目啓蒙』では(『石薬爾雅』から引いて)「猛虎脂」とするが,字が似ているので,一方が他方の誤写である可能性も考えられる。
たとえば,「脳」は「狼瘻」に効く,とあるが,寡聞にしてどんな病気だかわからない。字義から察するに,首に腫れ物ができて曲がらなくなるということだろうか。「瘻」の字には「首のまわりにできる腫れ物」と「せむし」の二義があるが,ハリネズミの「心肝」については「蟻瘻、蜂瘻、瘰癧(るいれき)、惡瘡には、灰に焼いて一錢を酒で服す」とあるので,やはりハリネズミは腫れ物に効くということのようだ。
なお,脂について,『本草綱目』「[才胃]」の他項では,「その脂を鉄中に溶かし水銀を入れると,鉛か錫のように柔らかくなる」と記している。
ところで,蝟皮の薬種以外の利用法としては,やはり『本草綱目』中「集解」の項に,「宗〓(せき)曰く」として,「乾[才胃]皮、并(ならび)に刺(とげ)は、刷(はけ)に作り、帛(きぬ)を治紕(ちひ)するに甚だ佳し」とある(『國譯』では「紕は飾なり。刺繞縫い、カガリ糸の如きか。」と注記する)。
また,幕末の『弘賢随筆』には,岩崎常正の記述として「(前略)近ころ聞しに庭中などへイタチ来りて魚を捕るに,この[才胃]皮を下け置は且て来る事なしと云り」とあるという(『資料 日本動物史』による)。
※ 薬剤としての用法については,R2_D2さんのサイト「HEDGEHOG」にすでに簡単な記載があるが,このたび“道”さんのリクエストを受け,新たに一項を設けた。
妙齢の婦人に消閑の具として供するには相応しからぬ,どうにも尾篭(びろう)な話柄で実に恐縮千万だが,どうか押して御海容願いたい(_ _)。>道さん
(2001.11.15. 最終推敲:2002.04.11.)
(中央公論新社〈中公文庫 い 80 1〉,1998.03.)である。かなり辛口なエッセイ集で、根はナイーブな人間が備えるべくして備える類の毒舌が光る(正論6分に偏屈3分、「何もそこまで」という感のあるヒネクレが1分程度というところか)。■ 英国ハリネズミ受難事情 ■
− ハリエットさんのミニ講座 −
岩野礼子さんは、英国在住のイラストレイターである。英国流園芸に関する著作もある岩野さんは、王立園芸家協会の会員だが、実は英国ハリネズミ保護協会の終身会員でもいらっしゃるらしい。
※ 協会については、R2_D2さんの "HEDGEHOG" に、ロルフ・ハリス他『動物 ウソ? ホントの話』(松井みどり訳,新潮社〈新潮文庫〉,1999.)の記事が紹介されている。岩野さんが英国の週刊日本語新聞「英国ニュースダイジェスト」に連載していたエッセイ(1995.07.- 1997.12.)を1冊にまとめたのが、『英国解体新書』
※ 上記の独断的な短評は,なんとたまたま岩野さんご自身の目にふれるところとなり,ご本人よりメールをいただいた。恐悦至極である。さて、この本の中に「ハリネズミからのお願い」という5ページ足らずの一篇が収められている。ロンドンはケンジントン在住の、自称“ちょっとスノッブな”ハリネズミ、ハリエットさんによる、英国のハリネズミ事情についてのレクチャーである。
91年刊の林望さんのエッセイ集が火をつけた“イギリス・ブーム”は、ポストバブルという時代相にぴったり重なる、息の長いトレンドとなった。“豊かなゆとりの国”イギリス礼賛の風潮に対して、英国在住経験者が正面から切り込んだ辛口エッセイ本として、林信吾『イギリス・シンドローム −私はいかにして「反・イギリス真理教徒」となったか−』(KKベストセラーズ,1998.02.)が話題になった(これは確かに好著だと思う)が、『英国解体新書』は、これに1か月遅れて刊行されている。
逆に、ぐっと高い年代の執筆者、高尾慶子さんによる『イギリス人はおかしい −日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔−』(展望社,1998.01.)の刊行は、『シンドローム』に1か月先行する。波瀾万丈の半生の後、ロンドンで家政婦となった高尾さんは、昭和十年代生まれの気骨を損なわずに生きてきた気丈なクリスチャンである。この元気なオバサンは、ぐーたらな英国人を「白熊さん」と呼び放ち、英国社会の根腐れぶりを容赦なくえぐり出す。イギリス・ブームの一方の担い手、レディ・寿子の前夫が経営するマークス・アンド・スペンサーへの罵倒ぶりも小気味よい。2冊目の『イギリス人はかなしい −女ひとりワーキングクラスとして英国で暮らす−』(展望社,1998.10.)では、文章の趣も心なしか変わり、悪徳不動産屋との闘いや、玉の輿狙いでお見合業者に登録した顛末など、話題も下世話に流れるきらいがあるが、これはこれで貴重なレポートではあるだろう。
“イギリス・ブーム”の最大の効用は、結局のところ、彼らのような“地に足の付いた”、つまり、ワーキング・クラスまでの各層をきちんと視野に入れた、リアルな英国滞在記の書き手に、世に出る機会を与えたことなのではないだろうか(とはいえ、デビュー時、丸谷才一さんに「毒がある」と褒められたというリンボウ先生の文章も、私はなかなか好きなのだが)。
※ ナチュラリストにとっては、除草剤や駆虫剤の害は常識なのだろうが、『イギリスの都会のキツネ』(スティーヴン・ハリス、斎藤慎一郎訳、晶文社、1998.03.)という本にも、「殺虫剤、公害物質とキツネ」という章が設けられており、その章はこんな具合に始まっている。岩野さんの,中公文庫に収録された2番目の著書,『ロンドンでフラット暮らし』(中央公論新社〈中公文庫 い 80 2〉,1999.03.)は,単行本『さまよえるイギリス人』(文化出版局,1994.10.)に加筆・修正,再編集したものだが,この中の「庭の友、ティギーおばさん」というエッセイでも,著者は英国の庭園に出没するハリネズミたちについてふれている。ここでは,著者による「みごとに熟したナシを背中のハリに突きさしてもちさろうとするハリネズミの図」を見ることもできる。
「キツネが日々の食事からどれほど殺虫剤や公害物質を摂取しているかは知りませんが、かなり多量に食べているでしょう。キツネのような捕食者は、弱い動物、瀕死の動物をねらいがちです。たとえば毒まみれのナメクジを食べて苦しむハリネズミ、殺虫剤をかぶったいも虫やアブラムシを食べて弱っているブルー・ティットなどの小鳥たちです。……」
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Come and see my first primrose
Ah
He's gone
A hedgehog
さくら草 振り向きもせず はりねずみ
(和訳も岩野礼子)
■ 元祖・ハリネズミ病院 ■
セント・ティギウィンクルズ 野生動物病院 St. Tiggywinkles Wildlife Hospital については、『ハリネズミクラブ』でも紹介されている(p.35-36)し、Brian MacNamara さんによる USENET の「ハリネズミQ&A FAQ about Hedge-Hogs」でもふれられている(2.8)が、ジェルミ・エンジェル『ぼくの動物訪問記』(竹内和世訳,冨山房,1995.08.)では、1章をさいて取り上げられている。
※ ジェルミ・エンジェルさんは英国生まれで、以前は「ムツゴロウ王国」に暮らしていた。写真家兼通訳として畑正憲(ムツゴロウ)さんの海外取材に従うほか、執筆、テレビ番組制作、写真撮影等の活動を行っている。
『ぼくの動物訪問記』は、家の光社の「こどもの光」という子ども向けの月刊誌での連載をまとめたもので、世界中で出会ったさまざまな動物たち、それに、動物と関わる人たちの活動を紹介している。とても面白いし、読みやすい。良書と言ってよい本だと思う。セント・ティギウィンクルズ病院の創始者は、レス・ストッカー Les Stocker さんと、奥さんのスーさんである。『ぼくの動物訪問記』によれば、
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「仕事のためイギリス各地を車で回っていたレスさんは、車にひかれてけがをしたハリネズミを見つけるたびに、家につれ帰っては手当てしていた。しかし、その数があまりに多いため、ついにレスさんは仕事をやめ、奥さんといっしょに世界にひとつしかないハリネズミのための病院を開いたんだ」
ということである。設立は1985年。イングランド中部のエイルズベリーという町 (AYLESBURY, Buckinghamshire) にあるこの野生動物病院は、ストッカー夫妻の自宅でもある。
セント・ティギウィンクルズの患畜の半分以上はハリネズミだが、それ以外に、さまざまな野生動物たちがいる。ストッカーさんの著書はイギリスでベストセラーになり、自然保護意識の昂揚に大いに貢献したという。もちろん、病院のスタッフはストッカー夫妻だけではなく、その活動は、専門家・非専門家双方による多くのボランティアや、全国から寄せられる寄付金によって支えられている。
『ハリネズミクラブ』ほかによれば、英国鉄道は、自動車事故などで傷ついたハリネズミを全国から病院に運ぶために、夜間運行のハリネズミ急行 Hedgehog Express を提供しているという。セント・ティギウィンクルズの影響力の大きさがうかがわれる。
※ St. Tiggywinkles のメールアドレスは,"mail@sttiggywinkles.org.uk"。
公式サイトは一時閉鎖されていたが,その後復活。
所在地・電話番号はサイトに行けばわかるが、FAQ about Hedge-Hogs にも記載されている。※ ストッカーさんの著書を探してみた。洋書の検索は慣れないもので心もとないが、ヒットしたのは、以下の6冊である。
St Tiggywinkles Wildcare Handbook : First Aid & Care for Wildlife
Les Stocker / Hardcover / Published March 1993
Chatto & Windus; ISBN: 0701137754
(Publisher Out Of Stock)
The Complete Hedgehog
Les Stocker, Ian MacKay (Illustrator) / Published 1994
The Hedgehog & Friends : More Tales from St Tiggywinkles
Les Stocker / Published 1992
Something in a Cardboard Box : Tales from the Wildlife Hospital
Les Stocker / Published 1990
We save wildlife
Les Stocker
St Tiggywinkles: Jaws the Hedgehog and Other Stories
Les Stocker (Fiction: Age 5-8)
(1998.11.15. 最終推敲:2004.05.02.)
■ ドイツの森のハリネズミ ■
− ハリネズミの道 −
こちらも、最近はやりの(なんて言っちゃ失礼かもしれないけれど)海外で活躍する女性によるエッセイ本?からのお話。と言っても、南蛮細腕奮闘記みたいなものではない。南ドイツでの留学生時代の回想記である。
『ハリネズミの道』(講談社,1998.09.;文庫版:講談社〈講談社文庫 あ89-1〉,2001.12.)の著者は、通訳や翻訳の仕事をしながらドイツに滞在中(当時)の 青木奈緒さん。特に練達の文章という印象は受けないが、淡々とした文体は読みやすく、「私」という一人称が全く出てこないところも面白い。
※ 単行本の腰巻きおよび文庫版のアオリによれば、青木さんはあの幸田家の血筋(幸田露伴、幸田文、青木玉)に連なる方であるらしい。そういう人が、祖母の思い出や母との生活について書くのではなく、敢えて異郷での生活を題材に選んだのは面白い。さて、本書の標題は、中の一篇、はじめて野生のハリネズミと出会ったときの話から取られている。
ドイツ在住の文筆家といえば、多和田葉子という先輩もいたが、青木氏はその後日本に戻られたようだ。文筆業もつつがなく続いているようで,何よりだ。
ところで、本書の主人公は、ナオではなく「ミヤコ」と呼ばれている。文庫版あとがきでは「書こうとしていたのは私自身の日記のような過去ではなく、エッセイという形にはなっていますが、ある意味でフィクションでもあります」と明かされている。
自転車で学生寮に帰る途中のミヤコが、危うくひいてしまいそうになった、小さな動物。危険も知らぬげに、ノコノコ道の上を歩いていたけれど、あれは何だったのかしら……と寮の友人たちに聞いてみると、それはきっとハリネズミだろう、との返事。
数日後、月の明るい夜に、友人の1人から、ハリネズミ探しの散歩に誘われる。ミヤコの「どこへ?」という問いに返ってきた答えは、「もちろん、“ハリネズミの道”」……
(興味をお持ちになった方は,出版社のサイトで実際の文章にふれてみていただきたい)
やはりヨーロッパでは、ハリネズミはありふれた野生動物なのだ。英国のハリネズミ、ハリエット嬢も、(肉系の)ドッグフードが大好物!とおっしゃっていたが、ドイツのハリネズミも、猫のエサ皿の キャットフードをあさりに来たりするらしい。おかげである家では、(エサを横取りされてはかなわんというので)飼い猫の放浪癖が多少ましになった由。
※ 「ハリネズミの道」には、ミヤコが友人から聞いた、「ハリネズミを怒らせると結構コワい」という実話エピソードも紹介されている。本文の結びには、ハリネズミをかたどった、とある小物が登場する。本書でのハリネズミは、暖かい人間関係に彩られたヨーロッパでの学生生活の思い出を象徴する、ユーモラスでちょっとエキゾチックな小動物なのだ。
「窮蝟 人を噛む」ということでは、ビアトリクス・ポターも、(本物の)ティギウィンクル夫人に絵本の挿し絵のモデルを務めてもらった際、無理な体勢を取らせて噛みつかれたことを手紙に記している。ティギー夫人は、『ハリネズミの道』のハリネズミたちと同様、野生種のヨーロッパハリネズミ(ナミハリネズミ)だったが、飴屋法水さんは『キミは動物 ケダモノ と暮らせるか?』の中で、“野生種にはやたら噛む個体が多いが、ペット用にブリーディングされたピグミーヘッジホッグはまず噛むようなことはない”と記している。しかし、これはもちろん、何をしても噛まれることはない、ということではない。R2_D2さんによる噛み癖についてのレポートも見ておくべきだろう。
(1998.11. 最終推敲:2002.05.06.)
■ その他のハリの用途 ■
r2_d2さんのサイト "HEDGEHOG" の「本とハリネズミ」のページでは,プリニウスの『博物誌』中の,ハリネズミについてのテクストの邦訳(中野定雄・中野里美・中野美代)を読むことができる。
その過半は,皮を損なうことなくこの動物を殺す方法を説明するのに費やされているのだが,末尾の一節に注目したい。
「この動物そのものは、われわれたいていのものが考えるように、人間の生活に無用なものではない。もしそれに刺がなかったら、牛皮の柔らかさが人間に与えられても、それは何にもならなかったであろう。ハリネズミの皮は布を衣服に仕立てるのに使用される。まさにこれに目をつけて、詐欺師は独占によって大儲けの口を見つけたのだし、これくらいしばしば元老院による立法の対象になったものもないし、また各代の皇帝は例外なしに各属州から苦情をもち込まれたのである。」
これは要するに,ハリネズミのハリのついた皮が,牛皮をなめし,布を毛羽立てるための非常に貴重な道具と見なされていたことを示す証言と考えられる。
ビーダーマン『図説 世界シンボル事典』から補足しておこう。
古代ギリシア・ローマでは,トゲ(針状毛)のある皮が布をけばだてるのに用いられたが,その肉は薬用とされることもあり,たとえば,トゲが頑丈な髪の毛を連想させることから,抜け毛の予防に効果があるなどとされた.またブドウの木にハリネズミの皮を吊しておくと,雹(ひょう)除けになるとも信じられていた.ところで,『玉川新百科 9 動物』(玉川大学出版部,誠文堂出版,1971.05.)によれば、ハリネズミのハリは、蓄音機の針の代用にもなるということである。あくまで代用というところが悲しい。よくよく利用のしがいがない動物と見える。
フライフィッシングのサイト "Fly Fly Fly" 中,フライ素材の提供者となる動物のうち,野生動物保護のために結ばれたワシントン条約の適用種を論じた こちらのページ では,ハリネズミにしろヤマアラシにしろ,ハリ状の体毛がボディ材やテール材に使われてきたが,他の素材で代用可能,と切り捨てられている。
ユダヤの聖典タルムードの,安息日 Sabath(ユダヤ教では土曜日)の禁忌についての記事によると,安息日の前には,牝牛をハリネズミの皮によって前に歩かせてはいけないし,角の間に結ばれた引き綱で引いてもいけない。−−ということは,安息日の前以外には,牝牛がハリネズミの皮で追われることもあるということであろう。註によれば,これは「牝牛が爬虫類に舐められるのを避けるため」ということだが,まったくわけがわからない。
(2002.04.11. 最終推敲:2004.04.23.)
■ 韓国のハリハリ・サイト ■
我々の最も近い隣国である韓国・北朝鮮にも,野生のハリネズミがいる。当然,ハリネズミにふれたサイトは少なくない。その1つ,チュ・ジェウン(Joo Jae-eun)さんのサイト「韓国の野生」内のハリネズミ・ページについて,ニワトリ氏よりレポートをいただいた。
このページでは,野生ハリネズミについての文章や写真を見ることができる。クレジットによれば,文章はウ・ハンジョン氏,写真はクォン・テギュン氏による。
写真では,野外で生活するハリネズミの姿が生き生きととらえられており,その中には,丸くなったハリネズミがだんだん元どおりになっていくさまを順番に映した貴重な?連続写真もある。
一方,文章では,ハリネズミの分類,外観や習性,行動などについて,かなり詳しく記されている。韓国では道路の舗装や農薬散布などによって,ハリネズミの個体数が激減しているとのこと。また、薬効はあまり知られていないが漢方薬材になるため,捕獲されているという。このため,自然保存協会で脆弱種に指定し,保護策を練っているということである。
残念なことに,2002.03.08.現在,このサイトは閲覧できなくなっている。
(2002.01.26. 最終推敲:2002.03.22.)
■ 冷凍・解凍時の諸注意 ■
− 村上春樹とハリネズミ −
作家の村上春樹さん(with 安西水丸さん)のホームページ「村上朝日堂」の動物コーナーには、ハリネズミに関する投稿が2つある。
1つは98年8月22日の投稿で、自宅の裏山でハリネズミを拾ってしまったのでそのまま飼っている、という飼い主によるもの。
拾ってきたハリネズミが1日中ハウスの中にこもりきりであることに心をいためる飼い主は、
「不憫で、ハウスの掃除をするたびに涙が溢れます」
とまで書いているが、先住者である3匹のネコたちがこの新参者に代わるがわるちょっかいを出しているというからには、ハリオの引きこもりも無理からぬことなのではないだろうか。
「これでも『はりお』は幸せなのでしょうか?」
という飼い主の問いかけに対して、村上氏は、作家ではあっても「はりお」の幸不幸まではちょっとわかりかねる、という、至極まっとうな回答を返している。
はりおの飼い主が,ハリネズミが夜行性の動物であることを知っているかどうかも,気にかかるところだ。
もう1つの投稿は、2日後の8月24日のもので、ハリネズミの飼い主から話を聞いたという人の投稿だ。
その飼い主は、秋の終わりになると、自分のハリネズミを捕まえて“新聞紙かなんか”にくるみ、冷蔵庫に入れてしまうという。するとハリネズミは冬眠状態になるので、地下室の段ボール箱にしまっておく。春が来たら取り出して庭先に転がしておくと、やがて目を覚まして、以前のとおりの活動を開始するのだ。
この話に対して,村上氏は、「それはほんとうにすごい話です。」「話を聞いていると、僕もはりねずみを飼ってみたくなりました。」という、これまたもっともなコメントを付けている。
これらの投稿について教えてくれた大槻大輔君(ありがとう!)は、
「ハリネズミ愛好家にしてみれば、『何だ、そんなことはとっくにわかっている。』『当たり前だ。珍しくもなんともない。』ということかもしれませんが・・・・・」
と書き添えてくれているが、さてさて、それはどうだろう。
冷蔵庫でハリネズミを強制的にコールドスリープさせる飼い主の話、少なくとも私にとっては、ちょっと驚かされる話だった。
本当に冬眠が必要なほど気温が下がるならば,ハリネズミは放っておいても冬眠に入るはずだ。逆に言えば,人為的な冬眠に必然性があるとは思えない。
秋の終わりであれば体の備えも十分だろうから,冬眠中の衰弱死のおそれはあまりなさそうだが,それでも窒息死等の事故の危険は無視できないから,「冷蔵庫法」が一般的なやり方だとは到底思えないのだ。
ところで,ハリネズミの冬眠といえば,常木勝次のエピソードが思い出される。
周達生『民族動物学 −アジアのフィールドから−』(東京大学出版会,1995.09.)の中で,昆虫少年が長じて“戦線の博物学者”となった例として挙げられているのが,ズバリ『戦線の博物学者〔北支篇蒙古篇〕』(日本出版社,1942.)という著書のある常木の名だ。
周氏によれば,しかし,「博物学者」と称するわりに,『戦線の博物学者』には昆虫に比して他の動植物についての知見に物足りなく思われる部分があり,たとえば以下のような記述がある。
前線から帰ってきたら,飼っていたハリネズミがみんないなくなっていた。周氏は,ハリネズミは冬眠を行う動物であって,そのまま自然に眠らせておいた方が越冬できたであろう,常木が考えたように寒冷が原因で死んだわけではあるまい,との評を添えるが,まったくそのとおりだろう。
炊事の軍曹に尋ねると,正月のころ,3匹が凍ったようになっていたので取り出して,ストーブであたためてやったら,2匹だけは動き出したという。室内に置いて飼っていたが,結局2匹とも死んでしまった,とのことだった。
その冬の寒さは,零下20℃くらいであった。
助長とか,角を矯めて牛を殺すとか,混沌に九穴を穿つとか,舞台が中華だけに想起される言葉はいろいろとあるが,とにかく気の毒なことをしたものだ。
なお、ペットのハリネズミの冬眠については,r2_d2さんの "Hedgehogs" 中「冬眠する?」の項で,詳細な考察が加えられている。(1999.10.03. 最終推敲:2001.10.02.)